スープを煮込むような毎日を。
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#33


心を映す写真が撮れない。
これはずっと前に撮った写真。



自分の感覚に自信がもてなくなってしまい
ごめんね、ばかりを連発してしまう私に
夫は『謝ることないやんか、なんも悪いことしてないよ』と言ってくれる。

でも悪いことをしているような気になってくるのはなぜだろう。

良くない反応をあからさまに示されたから?
それが大きなショックであることにはちがいない。
流せればいいけど、なかなか流すのは難しい。
自分を否定される言葉を投げられた出来事のインパクトが強すぎて、時々分からなくなる。


ただ、今の自分に納得していないのも
今の自分を認めきれていないのも
おそらく自分なのだろう。


昨日は結局、微熱があって一日横になっていた。
夫が夕飯の用意も、お風呂ためるのも、後片付けもしてくれた(涙)
お風呂に入ってほかほかになったまま
またお布団へきた。


先の見えないトンネルの中を
通り抜けている最中のモヤモヤ。
重く苦しく肩にのしかかり、体にまとわりつく。
スムーズに歩けない。
でも、それでも歩みを続けていたら、いつか自然と全部取り払われるだろう。


受け止めるしかないこと、合わせるしかないこと、と思っている物事。
でも、たまには、それすら放棄してしまってもいいのかもしれない。


投げ出して逃げ出して遠くへ遠くへ走る。


体のリズムが崩れるくらい嫌なことからは
逃げて逃げて逃げ切るのもいいのかもしれない。

私は全部を投げ出して逃げたいのかもしれない。

顔も見たくない、存在も感じたくない
そんな思いが胸のなかにあるのが正直なところなんだろう。
その思いに気づいてしまったことがまた、大きくのしかかってくるようだ。

このままではループになってしまう、どこかでたちきりたい。

そこにどう折り合いをつけるか
そこのところが、大きな課題だ。

今朝もしんどくて、不安で、夫のまわりを何もせずうろうろしていた。
少し、お薬を飲みなと言ってもらって、今頓服を飲んだところ。
落ち着いていくといいな。



限界を定めず、何本も何本もフィルムで撮りたい。

子どもの頃のように、冬休みが来るのをただ無邪気に楽しみにしていたい。

年があけていくのを穏やかな物音の中で過ごしたい。


ビクビクするのはもう疲れた。
お薬がきいたのか眠くなってきた。

少し、眠ったら、今日こそ着替えて、洗濯を干そう。
夕方は夫と歯医者さんだ。




#32


雨の日の朝がとても苦手で
それが週のはじめなんていうと
時間の流れの変化にますますついてゆけなくなる。

雨の日が好きな時もあるんだけれど
今日はしんどかった。


風邪なのか不定愁訴なのか
頭痛と肩痛、船酔いのようなめまいにおそわれて、起きられなかった。

あぁこれは自分の頑張りが足りないのだろう、怠けているのだ、と思っている自分もまだまだいて

きっと私についてそう思っている人もいるだろうなという強迫観念みたいなのにも苛まれて

だんだんますます辛くなってしまった。

起きて家事をしたり、シャワー浴びたりすればリズムが変わることを分かっていても
心身がうまく起動してくれない。
だから、あぁ、これが体調不良ということか、と思うことにした。
調子がよければ起きていろいろできるもんな。

それができないってことは
心身がお疲れの合図を送っているということなんだろう。

ゆっくり眠れればいいのだけど
こんなときに限って、自分に向けて放たれたきつい言葉たちが頭を占めリピートする。
その場面が再生し続ける。

こうして反芻するのは、出来事を一生懸命受け止めようとしているからなのかな、とも思う。
また発散して昇華させられていないことなのかなとも思う。


なにかしら、まだ心にひっかかっていることなんだろう。
早くこの心のもやもやというか傷のようなものが消えてなくなればいいのに。

必要以上に辛いのはこりごり。
言ったもん勝ちみたいなニュアンスは非常に苦手。

結婚してから
私はなんとも生き甲斐をどこに持っていけばいいのか分からなくなってしまった。

今までは仕事にすごく打ち込んでいたのかもしれないなと、今、振り返って思う。
夫と食べるごはんを作ったり、家のことをしたりするのは嫌いではないし、楽しいと思う。

でもどこか、自分でお金を稼いでない今、というのがずっと自分に不安を投げかけてくる感覚なのです。


家族の基盤を築く大切な1年目なんだと分かっているし
家事もまた貴重な仕事なんだと感じてもいる。

が、私ばかり仕事もやめて、住むところも変わって、家族とも友達とも離れて…なんなのさ!!と感じる気持ちも正直いうとあるんです…。

なのに嫌味を言われ…私って一体なんのためにここへ来たの?こんななら、もっと話し合って私が仕事していたところへ夫に来てもらえば良かった…とか、思い詰めてしまうときもあって。。

でも、私が来たことで、夫や夫の家族にも負担はかかっているはずだから
私だけが…っていうことはないはずだから
あまりこんなこと思ってはいけないな、と感じてもいるんだけど…

当たり前みたいにここへ嫁いできたけど
私だって紆余曲折へてここへ来たんですよ、ということを知ってほしい、と思ってしまう。



いや、それとも、私の覚悟が足りなかったのかな。



夫はこんな私の不安定さにも文句言わず付き合ってくれて支えてくれる。
ここへ来たみちすじを、分かってくれている。本当にありがたいことだと思う。


その感謝を返していけるよう、
私らしくゆっくり心を回復させていきたいなと思う。
そして二人らしい家族になっていけたらと思う。



今年はいろんな変化がありすぎたから
今という時間は
それらをうけとめ、心を整理して体を休める大切な時間なんだと思うようにしたい、と、とても思う


春になったらおそらく定期的に仕事へ出られると思う。


そうなったときのために、今は夫に助けてもらって
ゆっくり休むことに、おそれや罪悪感を持ちすぎずに過ごしていたいと思います。

溜め込んでいる感情が体のバランスを崩すのかな。
悲しい辛い寂しい。。
そんな思いも大切にして、しっかり自分をいたわってあげよう。

未来のための休み時間なんだと。

そんな風に思えば、『今』を過ごす心持ちが少しずつ変わってくるように思います。



ゆうべ、亡くなった母と父と祖父が夢に出てきた。

会いたいな。


#31



しばらく穏やかな日々が続きました。
ぼんやり、ほっとできること、本当に久々で。少しずつだけど、めちゃめちゃ嬉しかった。

でもまた問題のぶりかえしが昨夜。。


まわりの人はどうか分からないのだけど
私は悩んでしまうと
本当に深く深く考え込んでしまう。

なぜあの人はあんなことを言ったのだろう
どんな気持ちで言ったのだろう
それほど追い詰められていたのか
でもそれを言うことで私がどう思うか考えなかったのか
それでも言うということは私がよほど悪かったのだろうか
あの人の精神状態が良くないのかもしれない
あの人は大丈夫だろうか
特に心は大丈夫なんだろうか
本当は辛い思いを抱えてるのではないだろうか

…といったふうに、エンドレスになってしまう。
自分の非を認めない責任転嫁だ、と言われたこともあるけど、私は人に対して、そんなふうにねっこはどうなってるのだろ、と向き合ってしまう。

でもなんというか。。

そこまで考えてるひと、極めて少ないのかも。
心配しまくったのち、『なんや元気なんかよ(´д`|||)』と気づくことが多く
その時点で自分はくたくたのボロボロになりかけてることが多く
たくさん悩ませたね等と声をかけてくれる人などめったにおらず
この循環をなおしたいと切に願う。

もっと素直に『なんや!』と反論できる力があればいいなぁと思う。
飲み込んでしまうのだ。
飲み込んでもう少し様子を見よう、となる。

でも反論すると決めたらば、手が震えるくらいの感情の溢れが必須条件ではあるので
そこをいつもためらってしまう。

向き合うことにもパワーはいるもんな。

難しい。
自分がぶれずに居られるようになりたい。
自分の空間や思いや考えの方向を守ることに罪悪感を感じすぎずにいれたら。

罪悪感につきまとわれると、日々の生活が送れなくなってしまう。



そのサイクルから抜け出したい。
ただ、それだけ。

私の日々は私のもので、ここだけは、譲れません、と丁寧に断れる人になろう。
#30






結婚式の朝に撮ってもらった写真たち。
カメラマンは永山くん。

この2か月後に母が
またそのすぐあとに父が
亡くなるとは思わなかったな。

この日は本当に楽しい一日だった。 

直前まで父は白血球値が上がらず、クリーンルームにいた。
式には出れないことも考えたんだけど
でもなんのために生きてきたんだと考えたら
無理してでも出た方が悔いないと思うよ、とも私は思った。

2日前に、退院OKがでて、迎えにいった。
抗がん剤で抜けた髪の毛かくすため、ユニクロでハットを買うのだと言うので
車イスをおしていった。
そのあと、母とたこ焼き屋へより、たこ焼きを食べた。

翌日、式の最後に渡すプチギフトのクッキーをせっせと作った。
母も詰めたいというので、一緒に詰めた。



夫と義母がきて、父母も揃い、婚姻届に名前を書いてもらった。

ところで、このときも、突き刺さるような言葉をいただいたなぁ。。
頑張って作ったクッキーも気に入らないようで…こんな型でしたのか、みたいにいってた。
四つ葉のクローバーに顔つけた、なによりコツコツ頑張って作った可愛いクッキーだったんだけどなー



まあ父も母も喜んでいたからいいんだけど。
なにより、私はすごく満足だったし。

いろいろな事が日々あって
真面目に律儀に悩んでしまう私は
本当にしんどくなるんだけど

もし父や母がいて、私が今の思いを話したら、きっとこういうだろうなという思いを描いて
なんとかアウェイでの暮らしを軌道にのせたいなと思う。

でも、ゆっくりゆっくりいこう。
人がなんていおうと、私の人生は私のものだ。
落ち着いてきた今の方が涙が流れるでしょうね、とずっと年上の友人がハガキをくれた。
涙が出ました。
優しい人は分かってくれるんだな、としみじみ思った。

父や母と話したいなぁ。
私の中には、聞いてほしい話がすでに山盛りです。
#29


目がさめてしまった。

少しずつ、落ち着きつつあるので
ではなく、落ち着いたと思いたいのかな。

なにかしら自分を表現できる場がないと
自分が消えてしまいそうになってくるので
大事に育ててきた教室をもう一度小さく小さく開いてみようかなと思います。

子ども達との時間や、学ぶ方法を考えていく作業が
自分らしさを感じ直すワンシーンになりますように。

あちらでやってきたことが、こちらでも同じように通用していくのか
少し不安ではあるけれど
同じようにして、少しずつ、少しずつ、子どもたちへと返していけたらいいなとおもいます。

結婚して引っ越してから、
どうしても『来た者』という肩書きがはられている気がして
私が来たことで迷惑をかけないように、関係を荒立てないようにと
気を遣う日々がほんとに続きました。

何気ない心ない一言に傷ついたり
未来を決めつけられるような一言に心揺れたり
私が感じすぎるからだめなのかなと落ち込んだり。

落ち込むと体に出てしまうから本当につらかった。

半年たってなんかしんどいなと
ふと気づくと
まわりの思いのままに生きるしかなくなっているような感じになっていて(少なくとも私はそう感じてしまった)
あ、これではいけないな、と思ったのです。

お嫁さんていうのは、難しいシステムですね。
私の住んでたところへ夫に来てもらってもよかったんですけど!と思えてきます…

親元離れて、仕事もやめて、家を欲しがるわけでもなく、夫の実家のすぐそば、夫の住んでたまんまのところへ嫁いだのだから、そこんとこもう少し理解してください、と心から思えてきてしまう(涙)

でも、そんなもん当たり前じゃ!家こうたっとるんじゃありがたく思え!とか言われるんだろうな。(買ったのは夫なのに…)

自分なら選ばないであろう言葉たちが、グサグサと刺さるのです。

はぁ…

というため息の繰り返しになってしまってる今から脱出したいです。
みんなどうやって乗り越えてるんだろう。
世のお嫁さん方はすごいなぁ。。
尊敬します。

私らしく思いきれる自由をなくさずいたい。

私らしくいることが否定されるような雰囲気に負けていた。

私が私らしく生きることのどこが悪いことなんだ。
そんなことない!!

相手との関係を真剣に思うあまり、
深く深く悩んでしまうのかなと思いました。
そこまで考えすぎなくてもいいのかもしれないな。


亡くなった母とのラインをたまに読み返します。
『今日はこんなん言われたわ』

『なんやそれ!ひどい人やなぁ!ほっとけ!』
『ええ人との関係を深めていったらええ』
『まけるな!』
というような会話をよくしてた。

晩年はほぼ母の病状への悩みだったけど。
悩み抜きながら亡くなっていったな。
意識なくなる直前まで『がんばる!』と言っていた。

私も母に似ているので、とめどなく悩んでしまうところは気をつけないと。

今のことを話したら、やっぱり『ほっとけ!』と言うだろうな、と思って、少しの間だけでもほっとしました。

明日は診察とカウンセリング。
きちんと心のなかみを整えてこようとおもいます。

今日は夫もお休みなので、ゆっくりします。


きっとなんとかなる。
がんばれ、自分。
ゆっくりいこう。

そんなふうに、声をかけて、ひとつずつやっていこうとおもいます。

夫は応援してくれていることが、ありがたいと思います。
#28


夕暮れがくるたびにほっとする。
ああ、今日もやっと終わった。
ああ、よかった、何もなかった。

やっぱり少し心の調子がよくないようで、
突然不安が堰をきったように訪れ
動悸や吐き気におそわれる。

今日も午後、突然それはやってきて
布団にもぐりこんで、私はやりすごした。

楽しいことももちろんあるし
なんとか、バランスを保ちたいと思うんだけど
解決せず続いていく問題が複数。
それらに心を支配されるときが瞬間的にあって
その時が本当に辛く苦しい。
途方に暮れる思いになる。

自分の中の当たり前が伝わらない人との関わり。
むやみやたらに怒鳴られたり、罵声を浴びせられることの重さ。
それらをどう受け流して、かわしていくか。
私の課題だと思う。

あのとき、ああ言った相手はどれほど私に腹をたてていて
私はどれほどその人達に嫌な思いをさせてきたのか。
それほど私の存在が憎く、嫌な思いしかさせないのなら、私はもう消えてなくなってしまいたい、とすら思える。
私はいてはいけない存在なのだと、本当に思えてきてしまうときがあるから辛い。

片道1時間半の道のりをかけて、末期癌の両親を日々看病し、二人ほぼ同時に亡くして、それらを昇華させる間もなく、次々に投げつけられる言葉に、私は本当に傷ついて悲しくなった。 
そういうことが重なりすぎた10月のはじまりだった。

真に受けたらだめだよ
相手しないでおきな

と、励ましてももらったけど、言われた人は心に傷がついて当たり前やよ、とおばちゃんが言ってくれた。
私はあんたらの親代わりをするんやて、父ちゃん母ちゃんと約束したからな、我慢せんとなんでも言いなと。

辛いねと、心理の先生が言ってくれたことも、私はすごく嬉しかった。

涙が出ました。

私ももうすっかり大人なんだから、親が亡くなることも決して不思議ではないとはおもう。
ただ、妹も弟もいろいろ抱えてる課題があって
そういう事を思うと、代わって私が見守ってあげないと、とやっぱりとても思ってしまう。

夫、友達、親戚、みんなに助けて支えてもらっている心強さを感じること。
一人ではないこと。
日々の小さな幸せを大切にしていくこと。
なんとかなるさと思うこと。
私は私にとって大切な存在だと忘れないこと。
適当にしておくこと。
思い詰めないこと。
無理だと思ったらためらわず病院にいくこと。


そんなことを忘れずに
なんとなく日々を過ごしていたら今も乗り越えられるかな。

明日はきっといい日、と思える心の余裕が早く訪れてくれることを、強く願っている日々です。

がんばれ!!!
#27


ブログにたどりつけぬまま、長い時間が過ぎてしまいました。
前回のブログは結婚式の前でした。

結婚式も無事終わり、新婚旅行は宮古島へ。
楽しく過ごしていたのですが父と母の病状が悪化。
新婚生活始まるとともに、人生の終わりへ向けた看病の日々でした。

そしてついに、7月に母が、その16日後に父が他界し
怒涛の夏を過ごしました。
二人は一緒に旅立つ運命だったのか、どんどん余命宣告が重なって
私は不思議でなりませんでした。
あの日、病院の休憩室から見た夕焼けを今も私は鮮明に思い出せます。
病院という場所だったけれど、母と父の人生の最後を
ずっと一緒に過ごせたことが私は嬉しいなと改めて思います。

通夜、葬儀が続きましたが
怒涛の中にいることにも、いまいち自覚がなく
ただただ流れるように時の中に身をおいていたような気がします。
暑かったはずの夏の記憶があんまりありません。

当たり前のように、「悲しいね」「かわいそうにね」と周りの人からの悔やみの言葉が次々に訪れました。
それはごもっともで、常識的で、ありがとう、と私は答えていたんだけれど
私は父や母が消えてなくなったとはどうしても思えず
悲しい、かわいそう、という感情もいまひとつ感じられなかった。

それらをゆっくりゆっくりと感じなおして
何度も何度も反芻して
自分の心はどんなふうに感じているんだろうと今も思っています。
その答えはずっとあとで出会うのかもしれませんが
そんなことを描くことで、父や母に再会しているような気持にもなります。
頑張った自分への評価もまた、ものすごく後回しになっているのもわかっていて
そこへも目を向けていきたいと思います。


結婚したら、こんなふうになるんだろうな、と描いていたお義母さんとの関係もとても難しく
(嫁姑問題とはこういうことか、と痛感)
感覚の違いに追い込まれるような気持ちになる日々。
感情を押し付けられることが多く、流すという作業が苦手な私にはなかなかの大仕事。
過去の日記を読み返すと、私は本当にただただ素直に
みんなが仲良く笑って暮らせるようにと
思っていたのだろうだけれど
人間関係はさほどあまくない、ということを突き付けられるような出来事が
わずかのあいだにお義母さんとの関係の中にもたくさんありました。

私の「家族像」は、私だから持っているものなんだな、と。
ちょっと最近気づいてきました。

そして、父と母がいなくなったことで、不安定になっている家族の心のケア。

重なるときは重なるもので
お義母さん、家族、それぞれから、心に傷がつくような態度を連続してぶつけられ(暴言というのか・・・)
突然、唐突にぶつけられる怒りのかたまりのようなものに
ショックを受けすぎてしまい
私はいよいよ心と体がついていきにくくなってしまいました。

どうして私はこういつも、ぶつけられる側になるんだろう、と
本気で悩みました。
悪いことをしたのかな、と思いめぐらすのだけれど
思いつくことはさほどなく・・・

相手にもなんらかの課題があるのではないか、という結論にいたり
それぞれ専門家に相談したり、力を借りたりしている日々です。

今日も一日横になっていました。
涙止まらなかったり、頭痛や動悸におそわれたり、不安にさいなまれたり。
ちょっとかなりしんどいのですが
心労によるダウンなのだと思います。

あまりに心の中にとどこおりすぎた思いたちが
外へ外へと出たがっているような気持になり
周りに合わせ過ぎて、私っていったいどれが私だっけと思うような気持ちばかりがめぐって
軽い危機感を感じたので、久しぶりにここを訪れました。

頭痛がひどいので、また横になりますが
言葉を綴れるだけ、まだ大丈夫かな。

まあ、もっとリアルな本音を書くとすると
もっともっと汚いひどい言葉にあふれてしまいそうな心の状態なのですが。

どんなふうに私は生きたいのか。
しっかりと描いて、自分らしさを押し殺さないで
のびのびと暮らせる勇気がほしいと強く願います。
「いい人」を演じるのではなく
「ほんとうのわたし」に、出会える日を
今はつらくても、楽しみにして過ごしていきたいと思います。

心が変わろうとしている時期なのだと
とても思います。
#26
 
寒い日が続きますね。
体が冷え切ってしまって、どうも冬はどんよりしてしまいがちです。
デスクワークが多い上に
結婚式へ向けての準備も、なかなかじっとPCに向かう作業が多く
体がカチコチになってしまいます。
ヨガやストレッチで少し体をほぐしてあげなきゃなぁ。
ほんと、体がキンキンなんです、最近。
写真は夏が来る前、あじさいを見に京都へ行ったときのもの。
きれいな光と色が心地よいなと思います。
あー、あったかいお日さまに会いたい。
寒いのは苦手です
とりあえず、今日は3月に発送する招待状を印刷したり折り曲げたりして
家にこもって一人でせっせこ作りました。
彼は本当にそういうことに興味がないらしく(忙しいらしく・・・!)
全く手伝わない(怒)!
私は心配性だし、やることやってないとハラハラしちゃうタイプ。
やっとかないと逆に心がしんどいので、今日はお休みだったし、頑張りました。。。
出来上がりを写メると、「さすがsakiちゃん!」とほめてくれますが
おまえもしろよ!と心の中で私はすごーーく思ってます。
こんちくしょーーー!!と叫ぶといいよ、と友達が言ってましたが
本当にそんな気持ちです。
誰の結婚式やっつうの!!
でも再来週、親戚のおっちゃんが私と妹を焼肉に誘ってくれているので
私はそれを目標に今日は頑張りました。
ふんだ!
ということを、親友に話したら、ちょうどええやん、と笑っていました。
あんたがやりきったるタイプやから、それくらいでちょうどよい、と言ってました。
なるほど、そうかー、と思いました。
結婚式の「カワイイ!」ネタを夫にしても、全く共感してくれないのでここで(笑)



結婚式はこちらで挙げることになっています。
ブライダルフェアに行ったのですが、ごはんがもう…!
おいしすぎでした。
伊勢海老をなんか洋風に焼いたのがあって(語彙がつたなくてスミマセン)
そのお味がすんばらしかったのですー♪
来月は試食を控えてて、これもまたすんごく楽しみです。


 
ペーパーアイテムは自分達で作ろうと決めてたので、ロフトにキットを探しにいきました♪
たくさんあって、迷いましたが、これに決定!
和モダンな感じと、色合いがとっても気に入りました。
テンプレートがダウンロードできて、とっても便利でした。
かわいかったので、席次表も注文済み!
前撮りは来月に予定してます。
式場とセットになってる前撮り、なかなかのお値段なんですねー。
見積もり見てびっくり!どひゃーとなりました。
高かったから撮らなかったよーという友達もいたのですが
私は撮ってもらいたかったのでねー。
が、せっかく撮ってもらうなら、好きな雰囲気の写真を撮ってもらいたいな、と。
ということで、いろいろ探した結果、こちらで撮ってもらうことになりました☆
とっても素敵な写真達に、きゅんきゅんなって一目ぼれ。
夫を説得しまくりました!
嵐山と森とで撮ってもらう予定でいます。
何気にこれがいちばん楽しみかもしれません☆
お天気になりますように。
ちなみに、夫は「京都では晴れた記憶がない」と言ってました。
天気が悪かったら、彼のせいにしましょう(笑)
あと、指輪。
指輪も手作りのものがよいなって思ってて、こちらに依頼をしました!
これも「もっと近いとこじゃあかんのか」という夫を説得しまくりました(笑)
だって、とってもかわいいのだもの!ここの指輪たち!
デザインを決めつつ、ぼちぼち作り始めてもらうことになっています。
どんなのになるかなー☆
リングピローのかわいさにも惚れてしまいました!
どちらも家から遠いところへ依頼しているのですが
不思議なことに、たまたま偶然どちらの方も同郷・三重の方。
こうなるようになってたんだなーって、なんとなく思いました。
連絡とりあったり、考えたり、準備したり
その地道な作業も結構パワー使って大変なんだけど
きっと当日はとっても楽しいよな!と思って
あと少し頑張ろうと思います。
ちなみにウェディングドレスは、洋裁が得意な彼のお母さんの提案で
一緒に作ることになってます。
つくる、だなんて、発想になかったんだけど
お母さんがめっちゃ上手なので、私は安心してます。
その話が決まってから、ウキウキしすぎて手作りドレスの本もいろいろ探しました。
シンプルなのがいいなーと思っていたので、この月居さんの本を参考に作る予定です。
シンプルだけど素敵なドレスがたくさん載ってて、素敵な本です。
これをもとに作ろう、とは決めてはいるものの、こちらは、まだノータッチ。
名古屋の大塚屋さんへ布を探しにいくことから始まります。
楽しみ!
でも、その前に引越しです。
さらにその前に
教え子達と最後の授業を終えること
受験生たちの県立入試を無事に迎えること
が、あります。
もうちょっと言うと、確定申告もあります(爆)
く、くじけそう・・・
順序を整えて、ひとつずつこなしていけたらいいなぁと思っています。



今日はなかなかリアルな日記になってしまいました^^*
でも、スッキリ!
#25


ひさびさの日記になりました。

ここを開く余裕がない間にいろんなことがあって
そろそろ心が疲れ始めてしまったので
言葉を綴ったほうがよいと思い、ひさびさに書こうと思います。

この2年ほどの間に、父は白血病になり、母は胆管癌になりました。
母は、とても大きな手術を乗り越えましたが
先日、再発が発覚。

放射線治療を終え、これから再び抗がん剤の治療をしていくそうです。
父は臍帯血移植のタイミングをはかりつつ、抗がん剤の治療をしています。

そんななか、私は春に結婚することになりました。

命のことは、私たちには分からないけれど
私の結婚が、父母のちからになればいいなと思ってやまず
一方で、愚痴を聴くという看病の連続に心が麻痺しそうになっている自分もいて。

どの感情が私なのか、わからなくなっていると
どうしても体もアンバランスになってきてしまって
少し、この冬は精神的肉体的に辛い症状が出てしまっているようです。

今日も町へ結婚式のためのものを買いに行こうとしているとき
それから、その休憩で立ち寄った満員のカフェに座ったとき

自分がすーっと遠ざかるような気持ちになって
手に汗をたくさんかいて、でも手先は冷たくて
動悸のような気持ち悪さと
倒れるのではという強い不安感

そういうのにおそわれて、苦しくなったのですが

なぜそうなるのか、ということや
どんな症状が出てくるのか、ということを
当たり前のように彼は一緒に考えてくれて
本当に心が救われる思いになりました。

そうして、過去ではなく、未来を見ていくことを大事にしよう、と言っていました。
人はどう思おうと、自分のやりたいことを大事にしていけばよい、とも。

私は住むところももうすぐ変わり
一人で立ち上げコツコツ子ども達との日々を積み重ねてきた小さな教室も
3月がくると閉めることが決まっています。

今を失うことがとてもこわい私に
そのまた未来を示してくれる人と一緒に生きようと決めることができて
ほんとうによかった、と
今日は思いました。

新しく住む家は、中古の一軒家で、彼がもう何年も1人で住んでいるところ。
私も長く1人暮らしをしていたので、お互いの家具を合わせれば
生活できなくもないのだけれど
せっかく家族になってゆくのだから、あれもこれも変えたいなと思っていました。

でも「そんなことを伝えるのはぜいたくかもしれない」と
どんどん自分を追い込んでしまい
一人苦しんでしまっていたのだけれど。

「あれも買いたいし、これも買いたい」
と、やっと昨夜彼に伝えることができて
今日は買い物のついでに、家具や生活用品の下見もしてきました。

これいいんじゃない?と話しながら
二人で決めてゆくこと。
こうしたいな、こうできないかな、いいね、それは難しいかも
二人でしっかり話をしてゆくこと。

それは、決してぜいたくなどではなく
家族になってゆくための大事なプロセスなのだなと
今日はとても強く実感しました。

だから、「こうしたいな、あれがほしいな」と思う自分を
ぜいたくだなんて攻める必要は無いのだと
それは、むしろとても大切なことなのだと

やっと気づけて、心がとても穏やかになりました。
おそろしく安心しました。

家族になるとは、こういうこと。

私が小さいなりにも
教室をひとつずつ積み重ねてつくりあげたように
わたしの新しい家族もまた、ゆっくりと築き上げてゆけばよいのだな、と。

新しい土地でもまた教室をできるなら
自分も子ども達のサポートができるように
数学検定を受けようとおもう、と彼は言いました。

パン屋さんになるのもいい。

シフォンケーキ屋さんもいい。

ところてん屋もいい。

スポーツジムをつくるのもいい。

カフェをするのもいい。

そんなアイデアを集めて
楽しく充実して自分らしい仕事ができるように
これからは、その基盤を築いていく準備期間なんだと言いました。

わたしは、つくることと、書くことが、これからの仕事の何かになればいいと思っています。

とりあえずは、海の見える丘にある義理のお母さんの畑で
無農薬の野菜を教えてもらって育ててみようと思っています。

それから、彼が春からやろうとしている養蜂に向けて
屋上でいっぱいお花を育てようと思っています。

梅干しや漬け物がおいしくできるようになること
栄養と料理について学ぶこと
薬膳について学ぶこと
パンとシフォンケーキの技術を義理のお母さんから伝えてもらうこと
酵素をしこむこと
実家のところてん屋のノウハウを譲り受けること

写真を撮ること
言葉をつづること

そして、小さなお便りをつくって
切手を貼って、誰かのポストに届けること。
手仕事のあたたかさと、日本の四季を感じるこころを発信してゆくこと。
小さな幸せを感じる力が、生きる力につながってゆくこと。

それを少しずつ形にして
あたたかい空間を実際につくることが
彼とわたしの今の夢です。

結婚を機に
自然と時間に寄り添うような
そんな暮らしがしていけたらと思っています。

ゆれることは、もう少し続くだろうけれど
だんだんと落ち着いてゆくことも知っているはずだから
おそれずに過ごしていこうと思います。



 
#24



はるのひざしをあびてかがやくはっぱたち。



今年から通い始めた写真教室がとっても楽しいです。

部活を思い浮かべたくなるような

好きなものが共通している、というだけの

空間があたたかくてたのしい。





先日の外撮りでのしゃしんたち。

木漏れ日のやわらかなひかりで撮る、という事を意識しての撮影でした。



仕事をしたり、母のおもいやぐちを受け止めたりする日々。

ちょっと疲れ気味。

あまりの疲れ方に、自分をあとまわしにしすぎているなあと思って

今日は家の窓をあけはなって、一日のんびりしていた。

キッチンの引き出しを一段整理した。

多すぎるスプーンやおはしを整理した。

それから、どうしてもフレーズが頭に浮かんで仕方ない童話を

本棚から選んで読み始めた。

男の子が田舎のおばあちゃんちに行って、お稲荷さんのキツネと友達になる話。

こういう部類の童話が私は好きすぎて

もしかしたら、前世はきつねだったんじゃないか、とも思う。



先週つくったごはん。

ささみのピカタ定食。



さきさん、と呼んでくれてた人の呼び方が、さきちゃん、に変わった。

わたしはなんて呼ぶことにしようか、と思っているところ。

日々が重なっていくことが、たのしい。

あと、ジャムがなくなった。



あと、毎日お世話になっているコンタクトのかす。



このケースを集めてコンタクトやさんに持って行くと

リサイクルしてくれてありがとう、っと、粗品をくれる。

授産施設の人が作ったものや、結構素朴なもの(くまのメモ帳とか・笑)が

かごに入ってて、いつも選ぶのがおもしろいのですよ。



さてと、今日もお仕事を始めようかな。

ものすごく、眠いけど(笑)