スープを煮込むような毎日を。
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#35



寝る前にスマホを見るのはあまりよくないと分かっていながらも
最近、寝る前に、父と母が入院していた頃の写真を見返すことがある。


母も父も、亡くなったのが嘘みたいに思えて
不思議な気持ちになって
写真から声が聴こえてきそうな
ありありと話す姿を思い出せるというか
なに死んじゃってんですか、とつっこみたくなるような気持ちになってしまう。


そうして、そのあと
あー本当にもういないんだなぁと思うと
やっぱりこみ上げるものがあって
感情のかたまりが涙になって出てきてしまう。


記憶のなかには、いつでも父と母がいるので
決して孤独だとか、悲しみにくれるだとか
そんな気持ちとはまた違うのだけれど
話がしたいな、と思うときに、話ができないのが一番寂しいなと思う。


入院中のことは全部
あんた一人の胸にしまっときな!
前を見て進むしかないんやから!

と、ある人に言われたけども
私はそんな簡単に父と母の生きた時間を片付けたくないと思いました。
腹が立つというか、価値観の違いがなにかすこく寂しかった。

在りし日を偲ぶ、というのは悲しいことではなく、後ろ向きなことでもなく
愛のあるあたたかい時間であること。

私はそう思います。
まるで、そうすることがダメなことのような言葉を最初に投げかけられたがために
私は随分苦しんだんだけど
それは私にとっては違う感覚で
その違いによく耐えたなぁと、自分をもっと褒めてあげたいと思いました。


今日は両親を知る方とお話をしたのだけれど
とてもあたたかい時間だった。
父と母のことに、ためらわずに触れてくれることが、本当にありがたい事なんだと。

そうやって、思いをやってくれることが
本当に嬉しかった。

今暮らす場所では、その機会は夫以外ほとんどなく、これが心に積もる何かの原因なんだ、となんとなくやっと分かりました。

ふるさと、の意味に
故人を知る人と励まし合える場所、という意味も
私はこれから付け加えるだろうと思いました。

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写真って本当に不思議ですよね。
ピントが合っていなくても、暗くてよくわからなくても、撮ったときのことを簡単に思い出せる。
あんな話をしたなあとか、天気のいい日だったなあとか、静止画なのに映像で蘇るのが不思議です。
偲ぶって、すごく優しい言葉だなあと思います。
その人と過ごした時間を、ひとつひとつ丁寧に取り出すというか、宝箱から出して眺めるというか、そんな感じがします。
大切な時間ですね。

5月半ばくらいにそちらへ行こうと思っていたのですが、ちょうどその辺りにサミットがあるのですねー。
厳重警戒やら何やらでそわそわしそうなので、サミット後にしようかなと思います。
5月最終週か、6月初め辺り・・・まだわからないかもしれませんが、もしご都合のいい日などあれば教えてくださいね!
はる | 2016/02/09 17:54
はるちゃん
コメントありがとう☆
ここまで身近な人を亡くす、というのは初めてで(誰もがそうだと思うけど)
悲しみそびれている部分を父や母をよく知る人との会話が
こんなにも埋めてくれるんだな、と感じる日々です。
ほんと、はるちゃんの言うように、宝箱から取り出すような、そんな時間。

こちらへの旅、うれしい!
ぜひとも予定合わせて会いたいなぁ!
うん、5月半ばはかなり厳しくなりそうね。
サミット終わってからの方がいいかも。
今もパトカーよく走ってるし、あちこちで工事してます。
体調に無理のない時期に、ほっこり旅にいらしてね!
saki | 2016/02/16 02:35
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