スープを煮込むような毎日を。
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#27


ブログにたどりつけぬまま、長い時間が過ぎてしまいました。
前回のブログは結婚式の前でした。

結婚式も無事終わり、新婚旅行は宮古島へ。
楽しく過ごしていたのですが父と母の病状が悪化。
新婚生活始まるとともに、人生の終わりへ向けた看病の日々でした。

そしてついに、7月に母が、その16日後に父が他界し
怒涛の夏を過ごしました。
二人は一緒に旅立つ運命だったのか、どんどん余命宣告が重なって
私は不思議でなりませんでした。
あの日、病院の休憩室から見た夕焼けを今も私は鮮明に思い出せます。
病院という場所だったけれど、母と父の人生の最後を
ずっと一緒に過ごせたことが私は嬉しいなと改めて思います。

通夜、葬儀が続きましたが
怒涛の中にいることにも、いまいち自覚がなく
ただただ流れるように時の中に身をおいていたような気がします。
暑かったはずの夏の記憶があんまりありません。

当たり前のように、「悲しいね」「かわいそうにね」と周りの人からの悔やみの言葉が次々に訪れました。
それはごもっともで、常識的で、ありがとう、と私は答えていたんだけれど
私は父や母が消えてなくなったとはどうしても思えず
悲しい、かわいそう、という感情もいまひとつ感じられなかった。

それらをゆっくりゆっくりと感じなおして
何度も何度も反芻して
自分の心はどんなふうに感じているんだろうと今も思っています。
その答えはずっとあとで出会うのかもしれませんが
そんなことを描くことで、父や母に再会しているような気持にもなります。
頑張った自分への評価もまた、ものすごく後回しになっているのもわかっていて
そこへも目を向けていきたいと思います。


結婚したら、こんなふうになるんだろうな、と描いていたお義母さんとの関係もとても難しく
(嫁姑問題とはこういうことか、と痛感)
感覚の違いに追い込まれるような気持ちになる日々。
感情を押し付けられることが多く、流すという作業が苦手な私にはなかなかの大仕事。
過去の日記を読み返すと、私は本当にただただ素直に
みんなが仲良く笑って暮らせるようにと
思っていたのだろうだけれど
人間関係はさほどあまくない、ということを突き付けられるような出来事が
わずかのあいだにお義母さんとの関係の中にもたくさんありました。

私の「家族像」は、私だから持っているものなんだな、と。
ちょっと最近気づいてきました。

そして、父と母がいなくなったことで、不安定になっている家族の心のケア。

重なるときは重なるもので
お義母さん、家族、それぞれから、心に傷がつくような態度を連続してぶつけられ(暴言というのか・・・)
突然、唐突にぶつけられる怒りのかたまりのようなものに
ショックを受けすぎてしまい
私はいよいよ心と体がついていきにくくなってしまいました。

どうして私はこういつも、ぶつけられる側になるんだろう、と
本気で悩みました。
悪いことをしたのかな、と思いめぐらすのだけれど
思いつくことはさほどなく・・・

相手にもなんらかの課題があるのではないか、という結論にいたり
それぞれ専門家に相談したり、力を借りたりしている日々です。

今日も一日横になっていました。
涙止まらなかったり、頭痛や動悸におそわれたり、不安にさいなまれたり。
ちょっとかなりしんどいのですが
心労によるダウンなのだと思います。

あまりに心の中にとどこおりすぎた思いたちが
外へ外へと出たがっているような気持になり
周りに合わせ過ぎて、私っていったいどれが私だっけと思うような気持ちばかりがめぐって
軽い危機感を感じたので、久しぶりにここを訪れました。

頭痛がひどいので、また横になりますが
言葉を綴れるだけ、まだ大丈夫かな。

まあ、もっとリアルな本音を書くとすると
もっともっと汚いひどい言葉にあふれてしまいそうな心の状態なのですが。

どんなふうに私は生きたいのか。
しっかりと描いて、自分らしさを押し殺さないで
のびのびと暮らせる勇気がほしいと強く願います。
「いい人」を演じるのではなく
「ほんとうのわたし」に、出会える日を
今はつらくても、楽しみにして過ごしていきたいと思います。

心が変わろうとしている時期なのだと
とても思います。
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